美術売買　骨董・コンテンポラリーを中心に

　
　唐草の風呂敷を持っていたことで、「泥棒と勘違いされているのでは？」と思いました。いや、こんなにわかりやすい泥棒もいないでしょうが、この風呂敷に「視線」を感じていた私の思考は、少しずつ悪い方へと向かい始めていたのです。

　そのうち、「もしかして、テロリストと間違えられているのか～？！」と、不安はエスカレートしていきました。何といっても物騒な昨今。地下鉄の表参道駅にも近いですし、青山辺りには政府関連施設や大使館が多くあります。しかも、風呂敷の荷物はソコソコ大きな横長の箱型。見ようによっては「ロケットランチャー」に見えないこともありません。冷静に考えれば、唐草の泥棒風呂敷にロケットランチャーを包んで表参道を歩く人間などいないのでしょうが（多分）、既に私の思考は「ネガティブスパイラル状態」となっていたのです…。

　別にやましいことはありませんし堂々としていれば良いのですが、一つ心配なのは職務質問されることでした。私は大きな包みを持っています。場所柄＆時節柄、「中身を見せて下さい」と言われても不思議はないでしょう。中身は美術品ですから所持していたからどうということはないのですが、路上で梱包を解く～もう一度梱包しなおすのは極めて大変な作業です。それは何とか避けたいところ。しかし、パトカーは私のすぐ近くで停まりました。中から警官が出てきます。「こないでくれ、こないでくれ…」。　

　幸いにも、警官が向かったのは私の目の前、国道２４６の路肩に停めてあった自動車でした。駐車違反の注意かと思いきや、車内やトランクなど入念にチェックしているようです。何か事件でもあったのか、場所柄厳しい検査をしているのか…。ともかく、ここで動いては怪しまれます。私は冷や汗をかきながらも、素知らぬ顔で先方を待ち続けました。すると「どうも～」との声。やっと相手が来てくれたようです。その間ほんの数分。しかし、これほど長い数分は久しぶりでした。風呂敷を見るなり相手は「渋いですねぇ～」。やっぱり、この風呂敷は目立つようです。

　風呂敷の柄一つで大袈裟ではありますが、私は「やっと解放された」と思いました。その方の事務所も、すぐ近くのようです。あと少しだけ歩いて事務所まで届ければ、他人の在庫を仲介しただけで数万円の利益。短時間でまとまった商談ですし、少し恥ずかしい思いはしたけど時給に換算すれば相当なものだ、などと考えていました。が…。

　「あー、ここでちょっと待っててくれませんか。今ドトールで飲み物買ってきますから。何にしますかぁ？」。「早く事務所に行きましょう」という言葉が出ず「アイスティー」と答えてしまった私は、もうしばらく人通りの多い表参道の歩道で待たされるハメになったのです…。

　暑さ厳しい８月の初め、表参道で大きな唐草の泥棒風呂敷を抱えた男を見たなら、それは多分私でしょう。