・捨てられたつづら
ずいぶん前の話です。ある古美術商の市場で、品物を売りに出しているオバチャンがいました。
品物は、一応骨董と言えば骨董品なのですが、値段の付かないような物ばかり。一山(いくつかまとめて)千円、2千円という品が続きます。そして、最後にオバチャンが自信を持って出したのは、家紋の入った空っぽの大きな葛篭(つづら)でした…。
葛篭は、立派に作られた物で綺麗に残っていれば値段の付かない品ではないでしょう。しかし、オバチャンの持ってきた物は貧相で状態もボロボロ。骨董品ではなく、もしかしたら映画の小道具だったかもしれません。しかも、幅1m近く~高さもそれくらいある物で、持って帰るの自体大変そうです。会主(責任者でオークショニア)の「1000円!」という声に、誰も反応しません…。
しかし、このオバチャンは価値のある物だと思っていますし、大きいので持って帰りたくないとも言っています。仕方なく「じゃあ1000円で買うよ」という古美術商が手を上げましたが、このオバチャン「1000円じゃ嫌だ」と言ってききません。安くは売れない、でも持って帰りたくないとしばらくのあいだ一悶着。結局、会主が3000円で落札することになりました。オバチャンは自信の品に大した値が付かず「もっと高い物だ」「安く買われた」と相変わらずブツブツ不満を言っていましたが、大きい物を持って帰るのも面倒なので仕方なく折り合ったのです。
市場が終わり早々に帰る方が多い中、私は他の業者と話をしたり後片付けを手伝いながら少し遅くまで残りました。関係者がほとんど帰った頃、ゴミを捨てに行ったのですが…。
何と、先程オバチャンが3000円で売った家紋入りの大きな葛篭が、ドーンとゴミ捨て場に置いてあります。戻って会主に聞いてみると「あんなもん売れるワケないだろ。本当にゴミだよ。でも、あそこで買わないと競りが止まっちゃうだろ」との事でした。
美術商というのは、食事をおごってくれるような気前の良い人でも、競りとなると自分の値段を500円でも譲らないという気性を持っています。これは、自分の踏んだ値段(売値・買値)にプライドを持っているということなのですが、にも関わらず全く売れない品に「3000円」と声を掛ける会主というのも大変な仕事だなぁ、とつくづく感じたのでした。
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