・知られていなかった巨匠
ずいぶん以前に運営を手伝っていた、ある古美術商の会での話です。関東の外れにあるその交換会は、古陶磁や古民具等が多く出品されるいかにも「骨董品の市場」でした。来場者も多く盛況。そこで、ある版画が出品されていたのですが…。
シート(額に入っていない状態)で、同じ作風の物が3枚くらいあったでしょうか? 骨董屋からすれば「なんじゃこりゃ?」というような抽象の現代版画でした。会主「え~、何だかわからないけど、この版画が千円、千円…」。しばらくすると「百貫!」の声が掛かりました。百貫というのは古美術商の符牒で「35」を表します(つまり、3500円と声を掛けたのです)。しばらくするともう1人が声をあげ、さらに最初に声を掛けた人が上に乗り…。会場にいた数十人中、その2人だけが競っています。
そのうち会主も「そんなにするの?」と言ってきました。よほど有名な人の作品とか雰囲気の良い品でなければ、骨董の会でシートの版画など大した値が付かないからです。結局、1万いくらか2万程度でこの版画は落札されました。「いったねぇ~」という会場の声もありましたが、美術品は次から次へと出てきます。大勢いる古美術商の視線も、その次の品へと移っていきました。
しかし、この世界に入ってまだ間もなかった私は、その版画がどういう品か気になっていました。2人だけが競り、ソコソコの金額までいった何だかわからない抽象版画…。気にはなったものの、会を手伝いながら見ていたのでサイン等も確認できず調べようがあません。現在ではコンテンポラリーも扱っているのですが、当時は全く知識がなかったのです。
それからしばらくして、私は別の交換会である前衛陶芸家の茶碗を手に入れました。前衛陶芸などの場合、骨董の会に安く出てくる~そういう場所にこない画廊系の美術商が高く評価している場合があります。作品の発表場所がそもそも画廊だったり、作家そのものや関係者が古美術ではなく現代美術系のアーティストだったりするためです。私が買った茶碗も、知り合いの現代美術系画廊に問い合わせたところ是非欲しいとのことで、持って行くことになりました。
茶碗も予想外に高く売れ、上機嫌で帰ろうとしたところ壁に掛かっていたある版画が目にとまりました。何と、交換会で2人だけが競っていた、あの作品と同様のものです。「この版画、高いんですか?」「何だ、知らないのかよ~。日本でも屈指の現代作家じゃないか…」。そう、その作家は現代美術界では知らぬ人のいない有名作家だったのです。市場に出てきたのは小さな版画でしたが、現代美術を専門とするの美術商間で(当時は)1枚数万するとのことでした。
しかし、知らぬ人がいないと巨匠と言っても、例えばコンテンポラリー系画廊の方に「有田焼の人間国宝、知ってます?」と聞いて、答えられるのはその内の何人かでしょう。その逆もそうで、骨董の会に出品されていた「有名抽象作家」の版画を知ってたのは、その時2人だけだったのです。何か一つの分野にだけに詳しいというのは、本来理想的なことなのかもしれません。しかし、例えば「骨董」と「現代美術」とか、あるいは「デザイン」「インテリア」「写真」であるとか、大域的に見れば「アート」という枠でくくられる別ジャンルの知識があれば、思わぬ拾い物ができるということなのでしょう。また、別ジャンル間のやりとりで、自分だけのルート~ビジネスチャンスも広がるのかもしれません。
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