・値切らない紳士 その2
前回の続きです。その紳士は、商品を全く値切ろうとしませんでした。
この方に売ったのは確か3度目くらいだったはずですが、当日も含め一度も値切ってこないのです。こういった品をよく買われるのだから、ある程度経済的に余裕のある方だったのでしょう。また、「値切る」という行為自体、潔しとしない方もたまに見かけます。もしかしたらそういう方だったのかもしれません。しかし、まだこの世界に入って日の浅かった私は、少しでも安く提供するのがサービスだと思っていました(勿論、今でもある面はそうだと思っています)。お客さんによって対応を変えるわけではありませんが、やはり良い方にはこちらからサービスしたくなるもの。
「この品、○○円(←値札から下げた金額)にいたします」「いや、いいですよ、そのままで」「いや、是非少しでもよいから安くさせて下さい…」。しばらくそんなやり取りが続きました。しかし、最終的にその方は値札のままの金額で商品を買われたのです。骨董ショーが開催されている超一流ホテルで、かなり高いランチが食べられるくらいの値下げ(?)を提示したのですが、お客さんですから最終的には意向に従うしかありません…。
笑顔で帰られた紳士を見送り、私は留守番を続けました。が、しばらくして「私はあのお客さんに対し、大変な失礼をしてしまったのではないだろうか?」と、だんだん心配になってきたのです。その方は、商品に付けられた値段を信頼して何も言わずに買おうとされたところ、こちらはその古美術品を「もっと安い物です」とでも言うように値を下げてしまった…。顔見知りだったという事情はあるにせよ、付けている値札の価格を「信頼できないもの」とでも言うようにこちらから動かしてしまった…。若かった私が、サービスしようと値を下げたことは汲んでいただけたと思っています。希望的観測ですが、もしかしたら特に悪くは思われなかったかもしれません。しかし、「美術品の値段」に関わるこの小さなやり取りは、自分が商売する上で忘れられない出来事となったのです。
何度か書いたように、売りに回れば値切られますし、買いに回れば私も値切る場合があります。しかし、基本的には自分の付けた値段(値札)に自信と責任を持って、金額を上げたり下げたりせず「正札」で売買する方が理想なのでは? と考えるようになったエピソードの一つです。現状では、ほとんどの方に値切られるのでなかなか難しい話ではあるのですが…。5000円で売りたい商品を「8000円」と付け「6500円にします」と言って売るより、始めから「5000円」として1円も負けずに売る方が遥かに難しいのです。お客さんとしても、1円も負けてくれない古美術商から買うより、1500円マケさせて買った方が満足感はあるのでしょう。上記の例では損をしているのですが…。
多くの古美術商が「値切り分」を考慮している現状で、「値切る」という行為が発生するのはごく自然なことかもしれません。日本だけではなく、世界中の蚤の市で値段の交渉は行なわれています。また、そういった交渉・駆け引きを楽しみにされている方もいるでしょう。骨董品の売買において、カッチリ値段を決めて売る方がむしろナンセンスなのかもしれません。
しかし、近年私が業者間取引やオークション会社への出品を中心に活動しているのは、こうした値段の付け方や値切る、値切らないというやり取りに多少なりとも疑問を感じいるからでしょう。ただ、これから自分が仕事をする上でこういった疑問を棚上げにし続け、お客さん相手の商売をしない訳にもいきません。様々な出来事を参考にしつつ、より良い商売ができたらと常に考えています。
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