・値切らない紳士 その1
先日の記事で値切りについて書きましたが、今度は値切らなかった方のエピソードです。
古美術商の世界に入ってしばらくした頃、私はある大手美術商の留守番で骨董ショーに参加することとなりました。骨董ショーと言っても大型ホテルで開催されるもので、そのブースに並べられている美術品も比較的高価な物ばかり。当日その方が所用で不在となるため、留守番を頼まれたのです。私は品物の値段表を受け取ると、「いくらまで安く売って良いのか」と聞きました。先日書いた通り、現状では必ず値切られるからです(私が買うときも値切りますが…)。「1割は引いても良い、後はうまく調整して」との指示を受け準備始めることになりました。
一通り準備も終え椅子に座っていると、声を掛けてくる人がいます。当時、私はこの世界に入ってまだそれほど時間が経っておらず、「お客さん」との面識があまりありませんでした。しかし、声を掛けてくれたのは別の古美術商の売り立て会~私が店番をしていた際、何度か買ってくれたお客さんだったのです。買い手側からすれば「理想の売り手(お店)」があることと思いますが、その方は私がこの世界に入って初めて出会った「理想的なお客さん」でした。
いや、理想的も何も、お客さんですから皆さん丁寧に接しなければなりません。が、正直に書かせていただければ、接客していて楽しい、爽やかな気分になる方と、そうでない方はいるものです。その方は、小柄な中年ビジネスマンといった感じに見えましたが、ともかく温厚で上品。私のような若造(当時)にも笑顔で話しかけてくれ、まさしく「紳士」と呼ぶに相応しい方でした。しかも、お店に寄ってくれたときは必ず何か1つ買ってくれるのです(買ってくれるから「紳士」というわけではありません。念のため…)。
この商売、さんざん品物をいじくりまわして「はいサヨウナラ」という方もたくさんいます。当日も、ある比較的安い茶碗を「説明して欲しい」と言われ、長時間質疑応答した挙句、何も言わずにスッと帰っていたオバサンもいました。しかし、何度か足を運んでもらえてその内1度でも買っていただければ有り難い話なのです。生活必需品ではありませんから、ポンポン買っていただけない方が普通。10回に1回くらいの割合で買っていただければ、もう「お得意様」でしょう。 が、その紳士はこちらが恐縮するくらい、毎回必ず何かを買ってくれていました。
ちなみに、この「必ず何かを買う」という姿勢は大切です。これは私が売り手だから書くのではありません。私も買い手側に回ることがあるわけですが、ともかくお店でも骨董市でも「必ず何か買う」という気構えで商品を見ています。そうして念入りに品物を探すと、拾い物が見えてくるのです。また、たくさんの古美術商が集う骨董市はともかく、お店に入った際は安物でも良いから挨拶代わりに何か一つ買うようにしています。GWのドライブで入ったお店もそうです。近所にできたお店に入ったときもそう。こちらが同業と明かす場合とそうでない場合がありますが、やはり値段に関わらず商品を買うというのは一つの挨拶~経験だと思うのです。勿論、私はこう思っているというだけなので、このサイトをご覧の皆様に「必ず一つ買え」とは言いません。しかし、「何か一つ買ってやろう」と思ってお店や品物を見ることは、大事なポイントでしょう。
話を戻して、やはりそのお客さんは私が留守番していたブースから品物を買ってくれることになりました。ある古陶磁の水滴です。売っている品の中では比較的安い物でしたが、それでも数万円。「では、これをいただきます」。しかし、その方にはもう一つ特徴がありました。品を買われる際、全く値切ってこないのです。
※その2に続きます
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